父親たちの青年部
滝川市街地から国道12号を旭川方向へ向け走っていくと、途中「みんなの星 みんなの夢 ほしのゆめ」と書かれた、ホクレンの大きな看板があるのをご存知でしょうか。
逆に旭川から札幌方向へ向かうと「北海道のおいしいお米。きらら397」と書かれているのですが、この看板、今からちょうど30年前に滝川市農業青年部三十周年記念事業として、我々の父親世代が建てたもの。
滝川町農業協同組合の発足が昭和23年、青年部の設立は翌昭和24年4月のこと。つまり、今年4月で青年部は60周年、還暦となるわけです。
というか、調べたらホントにこの看板、私の父が設計製作してたんですが。製作光景の写真に、当時4歳の自分が写ってる…。
父は昭和56年度の部長。さて当時の青年部はどんなことをやって(やらかして)いたのか…というと、ひとつ子供の頃の記憶で思い出すのが「かかしコンテスト」。
この頃、『樽生』というアルミ製の樽に入った4リットル入りの生ビールが大ヒットしてたんですが、この樽を「顔」に見立てて、田畑に立てる(この頃ほどんど見ませんが)案山子を作り、農業まつりでお披露目する、というもの。
確かバッテリーとモーターを使った「電動かかし」なんてモノもあったりして(男の子は電動とか超合金とか合体変形とかが大好きだ)、腕や頭がぐるぐる回ったり。
…しかし今になって思うのです。あれは樽生の「中身」を空けるいい口実だったんじゃないかと。だって自分なら絶対そうして(以下略)
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